新機能の仕様を調べていて、検索上位の記事がそろって別物の仕様を書いている、という状況に出くわした。Google が2026年7月16日に NotebookLM を「Gemini Notebook」へ改称し、ノート内でのコード実行に対応した件だ。この機能について、公式は技術仕様をほぼ何も公開していない。
目次
公式が書いていること
まず一次ソースの記述を、そのまま並べる。
改称後も「単体プロダクトとして維持する」と明記されている。Gemini アプリ内でノートブックの作成と閲覧ができ、アプリ間の同期に対応する。Google 検索の AI モードへの統合は「Soon」と書かれていて、時期は示されていない。利用者は3000万人以上、60万組織以上とされている。
コード実行についての記述は、これだけだ。
各ノートブックに安全なクラウドコンピュータが付き、コードをネイティブに記述・実行して、複雑なデータ分析を行える
提供対象は Google AI Ultra ユーザーと、Workspace の AI Ultra Access / AI Expanded Access 顧客に当日から。Pro(Web)は数週間内とされている。無料枠への提供には言及がない。
書かれていないことのほうが多い
開発者として知りたい項目を並べると、こうなる。
- 使える言語
- 利用できるライブラリ(pandas、matplotlib、scikit-learn など)
- 実行時間とメモリの上限
- ネットワークアクセスの可否
- 生成されたコードをユーザーが読めるのか、編集できるのか
これらは一次ソースにも公式ヘルプにも記載がない。 探し方が悪いのかと思って複数の経路から当たったが、見つからなかった。
プラン別のソース数上限として流通している数字(無料50、Pro 300、Ultra 500)も、Google の公式ページでは確認できなかった。使うなら公式の料金ページで自分で確かめてほしい。
検索で出てくる仕様は、別の機能のもの
ここが今回いちばん注意したい部分だ。
「実行時間30秒」「1リクエストあたり5回まで」「NumPy、pandas、matplotlib、scikit-learn などが使える」「自前のライブラリは導入不可」といった具体的なスペックが、検索するとすぐ出てくる。数字が細かいので信じたくなる。
これは Gemini API の code execution ツールの仕様だ。Gemini Notebook のものではない。同じ基盤を使っている可能性はあるが、公式が両者を紐づけた記述はどこにもない。転用すれば誤報になる。
厄介なのは、この2つの名前が近いことだ。「Gemini」「コード実行」で検索すれば、API 側のドキュメントが上位に来る。そこに書かれた仕様は正確で、出典もある。ただし別の製品の話をしている。
「Python を書いて実行し、チャートやテーブルを返す」「100以上のキュレートされた skills に対応」といった記述も、二次メディア由来で一次ソースの裏が取れなかった。
ChatGPT の Code Interpreter との比較についても補足しておく。Google は公式に比較していない。公式が述べているのは「ソースに基づく(grounded in your sources)」という従来からの自社の主張だけで、他社を名指しした差別化の主張は確認できなかった。「ソース根拠付きが差別化点」というのは媒体側の解釈だ。
自動化には組めない
個人開発者にとって実用上いちばん効く結論がこれになる。
一般消費者向け(Pro / Ultra)の公開 API は存在しない。定期実行のパイプラインには組み込めない。
Enterprise 版には REST API がある。notebooks.create、notebooks.sources.batchCreate、notebooks.sources.uploadFile、音声概要の生成などが提供されていて、エンドポイントは discoveryengine.googleapis.com/v1alpha になる。
ただしこれはノートとソースの管理が主で、API 経由でコード実行を叩けるかは記載がない。分析を自動で回したいという目的には、現状では届かない。
既存ユーザーが何かする必要はない
Workspace の更新情報に、移行についての記述がある。
自動リダイレクトにより、既存の共有ノートブックとユーザーのリンクは引き続き機能する
移行作業は不要、管理者のアクションも不要。名称とロゴの反映は7月16日から15日以上かけて段階的に展開される。モバイルアプリは手動更新が必要な場合があるとされている。機能の廃止についてのアナウンスは確認できなかった。
データの扱いも公式ヘルプに明記されている。「Gemini Notebook 内のコンテンツは、フィードバックを提供することを選択しない限り、基盤 AI モデルの直接的な学習には使われない」。
個人アカウントでは、評価のフィードバックを送ると人間のレビュー対象になりうる。その場合も Google アカウントとは切り離され、最大3年保持される。Workspace と Education はフィードバック送信時でも人間レビューと学習利用の対象外だ。
機密を含むデータで試すなら、個人アカウントでのサムズアップ・サムズダウンは押さないほうがいい。良かれと思って送ったフィードバックが、中身ごとレビュー対象になる。
筆者は試していない
ここははっきり書いておく。この記事の内容は公開情報の整理であって、実測ではない。
コード実行を試すには Google AI Ultra の契約が必要で、筆者は契約していない。無料枠では実験できない仕様になっている。「使ってみた結果」を書ける立場にない。
できるのは、書けないと書くことだけだ。仕様が公開されていない機能について、検索で拾った数字を並べて解説記事に仕立てるのは、まさに避けたい形になる。
Pro への展開が数週間内とされているので、この記事を読む時点では状況が変わっている可能性がある。執筆時点では Ultra のみ、と受け取ってほしい。
試せる人向けの検証設計
Ultra を契約している読者なら、公式が出していない部分を実測で埋められる。筆者ならこう組む。
実験1: 自分のコードと突き合わせる
手元の実データを用意して、同じ集計を3系統に投げる。自分で書いた pandas のコード(これが正解の基準)、Gemini Notebook のコード実行、ChatGPT の Advanced Data Analysis。
比較する軸は4つ。集計値が正解と一致するか。生成されたコードが見えるか、編集できるか。欠損値や型崩れ、日付のパースをどう扱うか。再実行して同じ答えが出るか。
2つ目の軸は公式情報が無い部分なので、実機で確認すること自体に価値がある。
実験2: 実行環境の輪郭を測る
仕様が出ていないなら、外から殴って測るしかない。
importを順に試してライブラリを棚卸しする(scikit-learn、statsmodels、seaborn、lightgbm あたり)- 重い処理を投げて打ち切り点を探す
- 外部 URL への
requestsでネットワーク遮断の有無を見る - 大きな CSV でメモリ上限を探る
実験3: 根拠付きの主張を検証する
Google の売りは grounding なので、ソースに書いていない数値を聞いて捏造するかを試す。ChatGPT 側と幻覚率を比べれば、主張の当否を実データで論じられる。
筆者ならこう扱う
競艇の予想 AI を作ったとき、過去21万レースを LightGBM で学習させた。LambdaRank によるランキング学習を選んだのは、3連単の上位10点を出すという目的に合っていたからで、この判断は自分でデータを回して確かめている。過学習の罠にも性能の天井にもぶつかった。
あの過程で分かったのは、分析の答えそのものより「どう計算したか」のほうが後で効くということだ。集計の定義を1つ変えるだけで結論はひっくり返る。
AI は相棒として使うが、出力は読んでから受け取ることにしている。分析を任せる相手なら、なおさら生成されたコードを読めるかどうかが分かれ目になる。答えだけ返ってきて過程が見えない環境に、判断の根拠を預ける気にはなれない。
だから筆者にとっての判断基準は、「コードが見えるか、編集できるか」の1点に尽きる。そしてそれは、今のところ公式情報からは分からない。
Ultra を契約する前に確かめたいなら、Pro への展開を待って自分のデータで実験1を回すのが順序として素直だと思う。
データ分析まわりについては実データを LightGBM で学習させた予想AIの制作記事でも扱っている。手持ちのデータで「正解」を自分で出せる状態を作っておくと、この手のツールを評価できるようになる。